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【ロンドン大学博士課程の記録】口頭試問を突破した話

viva イギリスの大学院
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saya

・UCL博士課程在学中
・UCL修士課程修了(Distinction)
・直感でやりたい!と思ったことはとりあえずやってみる性格です

学問:教育社会学
前職:小中学校教員 / 日本語教師
興味:文化の違いを楽しむこと
趣味:旅行 / ヨガ / 温泉めぐり
英語:IELTS7.5 / TOEIC 900

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こんにちは、Sayaです。久しぶりの投稿となりました!

今回の記事は2026年1月29日に、博士課程最後の口頭試問が行われ、審査の結果が無事合格となった記録となります。

いやはや・・・、ここに至るまで本当に長かったです。

でも、ちゃんとここまで至れて本当に良かったです。これでやっと、漠然とした不安と、大きなプレッシャーから少し解放されました。

今回の記事では、口頭試問の内容にはあまり触れませんが、ロンドン大学の博士課程のシステム、博士論文の口頭試問の雰囲気、そして、私の気持ちの記録を残しておこうと思っています。

  • ロンドン大学といっても色々な大学があり、それぞれの大学でシステムも多少異なると思うので、今回の記事は私が所属しているUniversity College Londonの博士課程のシステムの話になります。(とはいえ、イギリスの大学であれば、どこも似たり寄ったりでしょう。)
  • 文系と理系ではだいぶ異なると思うので、私の話は文系の話ですということも注意してください。

ロンドン大学博士課程のシステムと私が通ってきた軌跡

博士課程のコース名

私の大学では、博士課程のコースに「MPhil/PhD XXXXXX」という表現が使われていることが多いです。

私はMPhil/PhD の意味を深く理解できぬまま進学しました。

saya
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博士課程に進学したにもかかわらず、MPhil (Master of Philosophy)というものがくっついているのは、なんだろう?

そのような程度でしか考えていなったのです。

でも、このMPhilの存在が、どれだけ恐ろしいものなのか、それは博士課程が進むごとに知っていきました。

中間審査

博士課程に進学すると、1年目は基本的に研究計画書の作成に集中します。内容は1万ワード程度になります。

作成した研究計画書は1年目から1年半目のあたりで、審査が行われます。

審査方法は口頭試問です。

学内の先生2名から1時間から2時間程度の口頭試問があり、その審査結果はその後の博士人生に大きな影響を及ぼします。

私の所属先では、審査会で合格をいただいてからではないと、データ収集に入ることはできません。(例外もあるようです。)

私はこの口頭試問で一回しくじり、ヒヤヒヤしました。(内容が気になる方は、私の苦い思い出の記録をどうぞ。)

この口頭試問でうまくいかないと、PhD取得の可能性が閉ざされ、MPhilの道を目指す道しかなくなってしまいます。

私はこの口頭試問で一度失敗してしまったのですが、うまく挽回でき、なんとかPhD取得への道を歩むことができました。

研究倫理申請とデータ収集

中間審査が終わると、次はデータ収集に入ることになるのですが、すぐにデータ収集に入れるわけでなく、苦行のような研究倫理の申請書の執筆が待ち構えていました。

この研究倫理の審査が通ったら、やっとデータ収集に入れるのです。

私はこの段階で博士入学して2年半が過ぎているような状態でした。

その後、一気にデータ収集を進めるべく、3ヶ月間休む間も無くフィールドワークを行いました。(その記録もちゃんと残っているので、気になった方は下の記事からどうぞ)

データ分析と4年目に入る前の指導教官との真剣な話し合い

イギリスに戻ってくるや否や、私は博士課程3年目に突入します。

もうこの時点になると、「同期」という概念がなくなるほど、人それぞれの進捗が異なってくるため、さほど仲がいい友人でない限り「最近研究どう???」という質問はタブーな感覚がありました。

基本的に「博士課程は最低3年」ですから、3年目開始時点でやっとデータ分析を始めようとしている私には、3年で博士号を取得できる見込みなんて皆無ですよね(苦笑)

ですから、「最近研究どう??」という質問はプレッシャーにしか感じないですし、私も他の人と話す時は気をつけようって思っていました。

とはいえ、3年で博士号を取得できた人は、私が知る限りいません。

イギリスの博士課程の4年目は授業料が無料で、博論執筆に時間をかけることができる1年間のステータスがあります。つまり、博士課程は4年を前提としているシステムになっている気もします。

この期間のことを、私の大学ではCRSと呼んでいます。(大学によって呼び方は異なるようですし、この1年間の費用についても大学独自のルールがあるようです。)

このCRSの制度については以下の記事でまとめています。

で!

このCRSを取れるか?取れないか?は非常にセンシティブな話題でして・・・

3年目の学生はヒヤヒヤしてます。

なぜならば、4年目の段階でCRSの許可が降りない場合、4年目は一般的な学生扱いとなり、高額な授業料が発生してしまうからです。

博士進学時点で、1−3年目は必ず授業料を支払わなければいけないのは覚悟しているわけですが、4年目以降の授業料を支払うことを前提に進学してくる人少ないと思います。

なので、なんとしてでも4年目のCRSを獲得し、4年目が終わる頃には博士論文を提出する!!というのが現実的なルートになるのです。

が!

それが可能かどうかは、3年目のデータ分析状況と博論の執筆状況と、最終的にCRSへの以降を許可する指導教官との話し合い次第になるわけです。

その結果CRSが取得できず、4年目、5年目と授業料を支払って在籍し続けている学生は結構います。

なので、CRSが取れたか取れていないかというのも、なかなかセンシティブな話になってくるんです。

博士論文の執筆と最終口頭試問

CRS期間はとにかく書く!書く!書く!書く!書く!

それで、博士論文の執筆を4年目が終わる段階までに終わらせるというのが目標になります。

私の4年目はこんな感じで必死に博士論文の執筆を終わらせました。

提出が終わるや否や口頭試問となるのですが・・・

私は審査委員の事情で、予定していた審査会の日程変更もあったため、結局博士論文提出してから4ヶ月も待って審査が行われたという感じでした。

その間は、ティーチングアシスタントをしながら待っていました。

博士論文の審査会の雰囲気

私の所属先には、博士論文の公聴会はなく、口頭試問のみです。

審査委員は、学内から1名、学外から1名の2名です。

それに合わせて学内から司会が1名参加します。

指導教官も同席することができ、基本的には後ろの方で見守っている役です。

審査会はだいたい1時間から2時間で、私は1時間ちょいくらいでした。

博士論文の審査会というと、なんだか圧迫面接のような、厳しめのツッコミを入れられ、試されるみたいな・・・?そんなイメージを持っていたのですが・・・

私の審査会はそうではなく・・・

コーヒーと紅茶とクッキーが用意されてて、入室したら、審査委員の2名が・・・

Hello!!コーヒーと紅茶あるから、好きなのどうぞー!!

みたいな会話から始まり・・・

緊張しながらコーヒーにオーツミルク注いでたら・・・

「ドキドキ」デスカ???

って、外部から来てくださった先生(しかもイギリス国内ではなく、ヨーロッパの別の国から私の審査のためだけに来てくださった先生)が、カタコトの日本語で話しかけてくれて・・・

saya
saya

なんて優しい先生なんだぁぁ(涙)

って感じの始まりでした。

席につくや否や、司会の人が丁寧に審査会の流れを説明してくださり、そして、審査委員の先生方がとても丁寧に質問をしてくださいました。

「私を試す」みたいな質問ではなくて、必ず、「こういった点はとっても良くて、すごく納得いったんだけど、この点についてもう少し詳細教えください。」みたいな質問で、なんていい先生方なんだろう・・・と感じる場面ばかりでした。

1時間程度の質問が終わると、15分程度指導教官と教室を出て、クッキーを食べ、雑談をしながら待っていたら、司会の人が中に戻ってきて〜と言ってくださり・・・

席に着いたら審査員の方が笑顔で

合格です!おめでとう!

と言ってくださったんです。

ただ、審査結果では、多少のフットノートの付け加えや、口頭試問で回答した内容の文章の付け足しを求められたので、この後、博士論文に修正を加え、それを提出することになります。

その程度は、イギリスの博士課程の場合よくあることなので、今回の結果は合格同然と捉えていい感じです。

審査会のあと

審査会の後は、審査員の先生と指導教官と記念写真を撮り、指導教官からはプレゼントまでいただきました。

その後、外部から来てくださった審査委員の先生と、指導教官の3人で昼食を食べながら、いろんなお話をして盛り上がりました。

とっても素敵な先生で、博士課程の最後の審査が、こんなに素晴らしい経験になるなんて想像もしておらず、4年半にもわたる修行のような研究生活の先にあった、すっごく幸せな時間でした。

これまでの私の人生を振り返って

今思い返すと、過去の私は・・・

saya
saya

イギリスの博士課程にいくぞー!!

なんて、イギリスの博士課程がどんな世界かも、その道の選択をするということはどういうことなのかも分からず、とりあえず、有言実行をモットーに、自分が考えた目標を達成するべく、とにかく、がむしゃらにやり続けました。

そしたら、なんとかなりました!

が、10年も経ってしまい、気づいたらWOWっていう年齢になってました(苦笑)

それから、あらためて客観的に考えると、よくぞ10年も当時の思いを絶やさずやり続けたなぁーと思ったりもします。

でも、分からなかったからできるということもあると思うんですよね。

私は大学4年生の時、前期が終わった後という一般的には留学には適していない時期に、一般的には留学先として選択肢にあがってこないであろう「スリランカ」という国に1年間の交換留学にいきました。

あの時も同じで・・・

saya
saya

スリランカ、行くぞー!!!!

っていう感じで行ったんですが(笑)

面白いほどサバイバルな一年だったので、最後はへとへとでした。

なので、もし当時の私が、スリランカで待ち構えている私の生活の実態を分かっていたら、怖気づいて留学なんてできなかったかもしれません。

だから、人って先がわからないからこそ大胆な選択ができるということもあるのかもしれません。

私の博士課程の軌跡もね・・・全くスムーズじゃなかったですし(苦笑)

あっちこっち落とし穴みたいなのいっぱいあって、非常に大変でした・・・。

最終的に、結果がなんとかなったので

saya
saya

あー、10年間、ずっと、ひやひやしたぁー(笑)

なんて言ってられますが、結果が芳しくなかったら、こんな記事を書いている余裕すらなかったと思うと、本当に今この記事書けていることも幸せに感じます。

異文化の魔法への想い

さて、ブログ「異文化の魔法」は、私のイギリス留学挑戦記を書こうって思いったった2019年の春くらいから始まったので、もう7年くらい経つんですね。

よくぞ、このブログ運営も飽きずに続いたなぁ・・・なんて思ったりします。

でも、読者さんから届く「このブログを見てイギリス留学準備しました!」や「修士論文執筆の参考になりました!」という声は、本当に嬉しかったです。

このブログを通してロンドンで出会った方も多く、ブログが役に立っているという感覚もありました。

当初の予定では異文化の魔法は、博士号が取れたらおしまい!なんて思っていたのですが(というか、博士号取れるまで続くのか???という疑問の方が大きかったわけです)

今後もネタは尽きそうもないので、異文化の魔法はこのまま継続します。

これからもよろしくお願いします!

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